中年の危機、(ミッドライフクライシスmid life crisisやミドルライフクライシスmiddle life crisisとも言われます)という言葉をご存知でしょうか?
簡単に言えば、がむしゃらに働いてきた20代、30代も過ぎ、ある程度余裕が出てきた40代くらいで
「人生これでいいのか」
「こんなはずじゃなかった」
「まだまだやれる」
などと非常に葛藤することで心身のバランスを崩し、
人によっては
更に
うつ病や不安障害を呈したり、
見た目を若く維持するために外見に拘り
筋トレやファッションに走ったり
不倫をしたり
そういった状態になることを指します。
精神科医として働く中で、様々な方の人生に触れる機会が多いです。
その中でも中年の危機に付随するうつ病や不安障害、そして老年期における人生への後悔からくるうつ病はとても考えさせられる事があるといつも思っています。
先日このウェブサイトの取材を受けた際に、
- 人生についてどのように考えるか、自分は日々どのように過ごしたらよいのか
- 医師としてのキャリアプラン
などについて話をしました。
そういった話をしている最中に、自分自身がどのように将来への不安を乗り越えていったのか、という経験が他の方(特に他の医師)の役に立つのではないかと思い、
専門医取得後に起こりうる危機、ポストボードクライシスについて今回書いてみます。同世代のもがいている方、そしていずれこういった状態になる若手の方にぜひ目を通して頂ければと思っています。
ポストボードクライシスとは?
これは私の造語です。
言葉の定義として、専門医や指導医、または博士号取得後に
- やる気がわかない
- 次は何をしたらよいのかわからないという気持ちを慢性的に抱える
- 欲しかった資格や学位が得られても思った程日常何も変わらない事への戸惑い
- このまま後は漫然と定年を迎えるのか、という将来への不安
- 本当はやりたいことが他にあるのにしがらみから転職も出来ない事への葛藤
- 結婚や出産、親族の不幸(介護、死別)などで家庭環境に変化
といった心理状態になり、心身のバランスを崩す事を指します。
再度繰り返しますが、これは私が勝手にそう呼んでいるだけです。
一番始めに書いた中年の危機、に状況が似ているため、医師におけるクライシスは一般的な中年の危機よりも少し早い、30代半ばに訪れる、と思っています。
一般的な医師の人生を大きく分けてみると
①大学卒業から初期研修(24歳~27歳前後)
この辺で結婚しちゃう人がある一定数います。そうするとクライシスもより早い段階で訪れます。
②後期研修(26歳~30歳前後)
後期研修後に結婚する人も結構います。私は後期研修医の間に結婚しました。
③専門医取得、博士号取得(30前後~40歳前後)
専門科によって、専門医取得までにばらつきがあります。多くの場合②、③の間に女性は妊娠出産が重なり、キャリア構築がとても難しいという現実があります。
④海外留学(おおむね30代)
多くの人が自分で留学先を見つけてくるのではなく、職場のツテ(大学病院が多い)で留学します。比較的早い段階で行く場合と、これまでのご褒美という形で年齢が上になってから行く場合と別れますが、留学中に留学先から給料が出ることはほとんどないので、すっからかんになって日本に帰ってくる人が多いです。そして帰国後は留学させてくれた職場へのお礼と称し、また一生懸命働きます。
⑤その後(勤務医として院長などに出世するか、開業するか)(開業は30代開始が多いです)
開業の際に数千万円の借金を皆抱えるため、年を取ってからの開業は銀行からの借入が受けにくいという現実があります。また、最近は開業コンサルタントの食い物にされてしまう医師もいて、開業というビジネスも昔に比べて厳しい時代になっています。クリニック開業の場所の取り合い、それから人口減少社会の中での患者(人)の取り合い、になっています。
このようにとってもシンプルなライフステージを医師はおくっています。
年齢に幅があるのは、浪人などの個人的要因や、研修期間が人によってまちまちであること、そして妊娠出産などで女性のキャリアがどうしても中断されてしまうからです。女性のキャリアの中断、と片方の性だけを書いたのは、残念ながら医者の世界で男性が育休を取得することはほとんどない(できない)からです。
最近は大学卒業後に医師として病院勤務をせずにコンサルタントになったり、起業したり、MBA取得するなどといった形で上記のこれまでのスタンダードコースとは異なった形の働き方をする医師が増えてきたことは事実としてあります。
しかし、依然として上記に書いたようなスタンダードな人生を歩む医師が多いです。
そうした中で、③以降の医師としての人生に魅力を感じられなくなってしまう医師が多く、若手医師からみていわゆる「魅力に欠ける上司」ととらえられてしまう原因になっています。
こういったつまずきの事をポストボードクライシスと私は呼んでいます。
ボードとは専門医の事です。
何故ポストボードクライシスは起こるのか?11の理由
挙げればきりがないのかもしれませんが、、、、
①単調な人生設計のため、職場の上司を見れば何年後かの自分の姿が想像できるから
多くの医師の人生は先に書いたように大体5つのステージに分けられます。そうすると容易に「自分のその後の姿」がイメージできます。特に大学病院はとても保守的は組織なので、イメージを持つことは相当容易です。
問題はそのイメージに対して魅力を感じる事が少ない、という点です。多くの医師がこのままでいいのか、との思いを抱える時期を必ず体験します。
②受験戦争を勝ち抜いて来た医師達は、試験や資格など、与えられた枠組みの中で頑張るのは得意だが、逆に与えられないと身動きできない人が多い。
○の次は、○○の取得、といった形で決められた枠組みの中で研鑽をしていく事が苦手な医師は殆どいません。しかし、「もう後は特に取得する資格もないから、自由にやっていいよ」となった瞬間に「え?そんなこといわれてもどうしたらいいの?」となり、途方に暮れてしまう医師はとても多いです。こうしたキャリア上の隙間に私生活のあらゆる出来事が重なる時期でもあります。
③自分が一生懸命頑張って取得した資格を持たない人達の方が、自分の何倍も稼いでいる事実に直面する。
人と自分を比べて得することは殆どありませんが、金銭の事となるとどうしても人と比べてしまうものだと思います。医師の場合、特に自由診療の世界は勤務医ですら給料が高い傾向にあります。
大学病院のアカデミックな世界で研鑽を積んできた医師、そして教育的な民間病院で過ごした医師は、早くから自由診療の世界で稼いでいる医師達に対して、「金に目が眩んだ奴だ」との思いを抱えている人が多いように思います。
そういった人の中には「いずれしっかりと学んでいけば給料は逆転する」、との思いがあったりしますが、残念ながら給料は一生逆転する可能性が殆どありません。
④結婚や出産などを通じて、これまでと違った価値観や責任感が生じてくる
家族と一緒に過ごす時間や、子供にかけるお金など、これまでの自分だけの生活と違い、考えないといけない事が増えていく中で自然と優先順位が変わってきます。そうした変化を通じて「このままでいいのだろうか?」という思いが自然と湧いてきます。
⑤子供と一緒に過ごしたい、という思いが強くなる。
私の妻は出産を機にキャリアウーマン路線から発想がかなり変わりました。
⑥親族が体調を崩して、その対応をする必要がでる。
自分自身、そして家族の健康問題は人生を考える非常に重要なきっかけになります。以前からの晩婚化の影響で、30代の両親は60前後の年齢に大体あてはまります。そうすると何かしらの健康問題が生じてくる時期と重なることが多いです。
⑦自分の専門分野は大体一通りこなせるようになり、刺激が減り、余裕ができ、周りの人と比べ始める
単純に言えば飽きてくるってことです。専門家として自立する時期なので、こうした気持ちがどうしても出てくる時期です。
④⑤⑥⑦に関して、
仕事上出来てきた余裕から周囲と自分を比較するようになり、更に子供の教育費や親の介護などで出費が重なったために「何のために自分は努力をしてきたのだ」との思いを抱えてしまう、という事に繋がりやすくなっています。
また、学問が好きで金銭のことは気にせず自分の分野を探求してきた人も、子供のことや親族のことなどで、どうしても金銭のことを考えざるを得なくなり、そうした際に「自分が頑張ってきた研究なんて一円にもならない」という激しい空虚感に襲われることがあります。
お金のことを考えないといけないのは辛いことです。
⑧努力して得た資格が、取得前に比べて魅力を感じなくなってしまう。
「何のために頑張って来たのか」、という思いに繋がります。
⑨診療や研究以外の仕事がどんどん増えて、急に仕事に面白みが減る
会議や委員会が増え、同時に新人の指導も行います。自らの診療や研究に時間を割くには私生活を犠牲にする必要があります。
⑩思い描いていた地位や、生活に至ることが出来ないという現実を突き付けられる
これは結構こたえますね、、
⑪体力的に、だんだん当直の疲れが翌日に残るようになる
悲しい事ですが否定しようのない事実です。皆さんやそのご家族、友人が手術や何かしらの侵襲的な処置を受けたり医師から説明を受ける際には、「前日に寝ないで当直をしていないかどうか」の確認をした方が良いです。睡眠不足は判断力低下につながります。
内容としては金銭に絡んだことが多いと思います。あまり考えたくないことを考えざるを得ない、という状況に追いやられることがクライシスを誘発している、という事なので仕方ないのですが。
ポストボードクライシスをどうやって乗り切るか
参考になるのは、高齢者が人生の最後にどんなことを後悔しているのか、という視点です。
代表的なものをいくつか挙げると
- 自分の気持ちに正直に生きればよかった。他人の思いを尊重しすぎた
これが一番多く挙げられているものになります。人生も終盤になり、振り返ってみた際にやりたかった多くのことが成し遂げられず道半ばであった。そしてその原因が自分自身の間違った選択の結果であったことを悔やんでいます。
- 働きすぎなければよかった
多くの医師の心に刺さる言葉であると思いますが、仕事に没頭するあまり家族と過ごす時間がとれなかったことを人生の終盤で悔やむ人が多いです。
- もっと色んな事に挑戦すればよかった
人の目を気にして、もしくは「失敗したらどうしよう」との思いからやりたかったことに挑まなかったことを人生の終盤で悔やむ人が多いです。よく言われることですが、失敗したことよりも「やらなかったこと」を人は最後に悔やみます。
とても心に響きます。
- 自分の気持ちを表現する勇気が欲しかった
周りの事を気にしすぎて、本当に自分がしたいことを言えずに我慢をしてしまったことをとても後悔する人が多いです。そして大切な家族や友人に対しての感謝の気持ちをしっかりと表してこなかったことに対しても非常に悔やむ人が多いです。
- 心配しすぎなければよかった。もっと幸せな気持ちでいればよかった。
人生の終盤に「幸せを感じるかどうかは自分次第である」というとても大切なことに気が付く方が多いようです。その気づきの後に、激しい後悔の気持ちが襲ってきます。もっと幸せな気持ちでいることが出来たのに、と。
こうした高齢者の気持ちから学ぶことはとても多いです。人はいずれ誰しもが亡くなるわけですから、自分が運良く高齢まで生きることが出来た際に、こうしたことを考えて生活してこなければ高い確率で同じ内容を悔やんでいることになります。私はここに人生のヒントがあると思っています。
エッセンスを抽出してみましょう
- 大切な家族と過ごす時間をもつ
- 人の目を気にしすぎない、自分のことを後回しにしない
- 自分が挑戦したいことを後回しにしない
- 人生においては挑戦して失敗したことよりも、挑戦しなかったことを後に悔やむ
- 人は幸せな気持ちを選ぶことが出来る
この視点はポストボードクライシスを乗り越える際にとても重要な意味を持つと思っています。
人生のターニングポイントでどうしても考えたくない金銭のことや、今後のキャリアにおける不安と対峙します。その際に失敗を恐れずに挑戦する姿勢や、人の目を気にしすぎないことが人生において大きな意味を持っている、という事実は非常に力づけられることだと思います。
更に、医師+αという生き方を模索するもよし
医師としてそしてある分野での専門家として、しっかりとした基盤が出来た後は、病院から飛び出してやりたい事に挑戦する人生を歩んでいくのも面白いことだと思います。
私たち夫婦がこのサイトを作ったのはこうした+αの一貫です。世の中に情報を発信していく際に、まだ準備が足りないのではないか、との不安な気持ちを抱えてなかなか発信することが出来ませんでした。しかし、人生における教訓の中にあるように、挑戦することの大切さ、そして不安になりすぎないことの大切さを自分たち自身が実践しています😀
さらに今後は夫婦でヨガセラピー、健康なライフスタイルの普及を進めていきます。それが私たちの+αです。
まとめ
- ポストボードクライシスを乗り切るには徹底的に自分の人生と向き合いましょう
- 人の目を気にしすぎないようにしましょう。
- 臆病になりすぎずに、挑戦する姿勢を持ちましょう。
- 幸せな気持ちは自分で選択できるものであることを忘れないようにしましょう。