認知症の周辺症状はかかわりで改善しよう!

認知症及び老年期精神科専門医として日々臨床に従事する中で困っていることは

施設からの「問題行動なので薬で何とかしてください」という訴えです。

問題行動とは多くの場合

怒りっぽくなったり、

大きな声を出したり、

家に帰りたいと騒いだり、

自分の部屋がわからなくなり人の部屋に入ってしまうなどのいわゆる徘徊、

と言われるものであったりします。

そういった問題行動の多くは内服で改善しません。

薬物療法が一見効果があるように見えるのは、こういった行動をとることが出来なくなるくらい鎮静をするから、という側面は紛れもない事実だと思います。

例えば内服の調整で徘徊がなくなった、というケースは

内服によって、視空間認知機能障害が改善したのではなく、単に歩き回るだけの気力がないほど内服で”怠くなっている”だけです。

診療の際には常々、何故そう言った行動が出現しているのか、その背景を探ること、そしてそういった行動をしている方との”かかわり”の中で改善しましょう

と指導しています。

しかし、そういった指導よりも現場ではよりquick fixを求めるあまり、

問題行動とのレッテル貼りその後の薬物治療という流れが定着してしまっている事実は否めないと思います。

今回

薬物療法ではなく、認知症患者それぞれの人に合ったかかわり方で、怒りっぽさや焦燥感が改善できた、という文献が新たに出たので、簡単にご紹介しておきましょう。

やはり、内服を試す前にかかわりで改善できるところがないかどうか、と常に考えることは大切な事だと思います。

 

薬物療法で易怒性の調整をするという事はどういうことか

くどいようですが、薬物療法にどんな効果があって、誰がそれを期待しているのか、再度一緒に考えましょう。

私は薬物療法自体を否定しているわけではありません。

ご自宅、もしくは集団生活いずれにしても、全体のバランスから内服を積極的に選択していかざるを得ないケースは実際にはとても多いです。

しかしそういった現実の中であったとしても安易に薬物治療に走ることは厳に慎むべきである、と思いながら日々診療しています。

認知機能障害の周辺症状に使う薬物は何を期待して投与されるのか?

 

一言。鎮静です。

 

鎮静とは、簡単に言えば「穏やかにすること」です。

興奮や怒りっぽさ(易怒性)の亢進に対して内服調整をすることで日々穏やかに過ごして頂く。

また、不安感、「どうしたらよいのかわからない」という困惑に対して、内服調整をすることで日々穏やかに過ごして頂く。

こういった意図があります。

実際に著効してとても穏やかな生活をおくる方もたくさんいらっしゃいます。しかし、そういった方に内服以外のアプローチが効果が無いか、というとそんなことはありません。

内服加療の対象になる症状に対して、「何故”問題行動”が起きていて、どのようにかかわりの中それらを解決していこうか」という視点はとても大切な事です。

そして薬物療法を行う際には常に、

その結果として”問題行動”は改善したが、それとともに鎮静が強くかかってしまったために日常生活で出来ない事が増えてしまった

という状態にならないように調整する必要があります。

どんな内服薬を使用するの?

漢方薬から、抗不安薬、気分安定薬なども使用しますが、

主な内服薬は統合失調症などに使用される、いわゆる”抗精神病薬”の少量投与です。

更なる内服の細かい説明はいずれ別の機会にやることにしましょう。

 

薬物療法の副作用って何?

ここで強調しておかないといけないのは、精神科の内服だけが高齢者に対して他の内服に比べて危険だ、という事を言いたいのではないという事です。

高齢者に対してはどの科の内服も危険であることは変わりません。ですから、必要最小限で、メリットがデメリットを上回るときのみにする、というのが鉄則です。

よって、漫然と投与し続けたりすることが無いようにしないといけません

周辺症状の調整のために使用される上記薬剤の主だった副作用としては

  • 眠気
  • ふらつき
  • 転倒、骨折
  • 嚥下障害、誤嚥、誤嚥性肺炎
  • 尿閉(おしっこが出にくくなること)
  • パーキンソン症状(身体が震える、動きが鈍くなる、歩きにくくなる等)
  • 便秘
  • 電解質異常
  • 流涎(唾液の分泌が増えて口から垂れてくること)

など、挙げればきりがありません。

ですので、こういった不都合が出るかもしれないけれども内服することのメリットがある、と言う場合に内服に踏み切る、という治療者の姿勢がとても大切になります。

何故かかわりで解決することが大切なのか?

皆さん、いわゆる「老人ホーム」に行かれたことありますか?

(*サ高住、優良老人ホームなど細かい区別をすることはあまり今回意味がないので、「老人ホーム」とまとめて話を進めます)

これを読んでおられる方はそれなりに興味があってここにたどり着いたでしょうから、医療関係者であったり、ご家族が入所されておられる方かもしれません。

いわゆる「老人ホーム」では日中暇しないように施設ごとに知恵を絞って楽しいアクティビティを提供しています。

私は高齢者アクティビティディレクターという資格を持っており、こうした施設のアクティビティに関しても少し詳しいのですが、

参加者全員が楽しむって無理なんです。

100人いれば、100通りと言いますか。

特に高齢者は若い方に比較して好みにうるさく、柔軟性に欠ける傾向にあるため、ある方がとても楽しく感じているアクティビティが隣の方は全く興味がない、という事も良く起こります。

ですので、どれだけたくさんのアクティビティを老人ホームが利用者さんに提供しても、ある一定数は「全然面白くない」という思いを抱えているんです。

また、そもそも集まって何かをする、という事自体を好まない人もいます。

そういった方には個人で出来るような手芸や絵画などもアクティビティにはあります。

しかし、それも好みはまちまち、という現実があります。

こうした提供者の努力とは裏腹に利用者さんの感じる「つまんない」

という思いに、病状の進行に伴う不安感や、老年期に人々が抱える哀愁が重なると

周辺症状、と言われる不安定さが目立つようになります。

ですから、個人個人に合ったケア、という視点が重要になってきます

今回の文献の要点(かかわりで周辺症状を改善!)

  • この文献はイギリスにおいて69か所の老人ホームを9か月間にわたり介入したもの。
  • 1対1の会話と共に、入所者それぞれに合ったケアを行った結果、入所者の易怒性及び焦燥感を著明に減らすことが出来た。
  • 論文の著者はこの結果をもって、「より個人個人へのアプローチが重要である」と指摘している。

要点はこんな感じです。

更に詳しくみていきましょう。

もう少し詳しい説明

イギリスの69か所の老人ホームに入所している800人の認知症患者に9か月にわたり介入した研究です。

老人ホームのスタッフを、ホーム入所者それぞれの個人的興味や能力について学ぶようにトレーニングし、更に入所者やその家族に自分たちが受けているケアについて質問をするように指導します。

こうした行為がそれぞれの利用者に対して週一回一時間の社会的交流(対面での会話)という形で反映されます。

こうした個別の社会的交流は、利用者家族に関しての話であったり、スポーツの話であったり、音楽やガーデニングなどのアクティビティに参加することの手助けだったりします。

そしてこのような個人個人への介入が、易怒性や焦燥感の改善にとても効果があった、指摘しています。

更に詳しく知りたい人は文献に是非目を通してください。

注意点

今回の研究は中等度から重度のアルツハイマー型認知症の方を対象にしていますが、内服の量に具体的な記載が無い事が気になります。

そして研究対象の1割くらいしかそもそも内服していない事。

そして介入の結果困った症状の改善は認めたものの、内服の量が減ったわけではない

という点も解釈には注意が必要な点だと思います。

 

結論

・薬物療法は副作用もあるが、上手に使えば役に立つ。

・安易な内服の継続は慎むべきで定期的な評価は欠かせない。

・老人ホームの入所者に対しては、集団のアクティビティよりも、個人個人に合った接し方やかかわりによって、周辺症状(中でも易怒性、焦燥感)の改善が期待できる

・しかし、個人個人に対してのかかわりによって、内服が減らせるわけではない。

 

内服量が減らせなかった、という結論は残念な結果です。しかし、そもそも抗精神病薬を全体の1割しか内服していなかったこと、そして内服の量自体も多くはなかったよう(具体的に量は書いていませんが、多くは無さそうな雰囲気の記載)なので、それが影響しているのかもしれません。日本は内服が多い傾向にあるため、日本で同様の研究を行った際には、内服を減薬することができた、という結論に至ることも可能かもしれませね。

いずれにしても個人個人に合ったケアを続けていく事の大切さを改めて感じさせてくれる文献でした。

 

<参考文献>

  • Impact of person-centred care training and person-centred activities on quality of life, agitation, and antipsychotic use in people with dementia living in nursing homes: A cluster-randomised controlled trial, Ballard C, Corbett A, Orrell M, Williams G, Moniz-Cook E, et al. (2018) Impact of person-centred care training and person-centred activities on quality of life, agitation, and antipsychotic use in people with dementia living in nursing homes: A cluster-randomised controlled trial. PLOS Medicine 15(2): e1002500.https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1002500

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